中合は、福島市を代表する老舗百貨店として長く営業していましたが、福島駅東口の中合福島店は2020年8月31日に営業を終了し、現在は店舗がありません。福島駅前にあった建物もすでに解体され、跡地では福島駅東口地区の再開発が進められています。この記事では、中合は現在どうなっているのか、名前の由来や創業から福島駅前進出までの歴史、福島店が閉店した背景、一番館と二番館の違い、商品券の扱い、そして2026年9月時点の跡地再開発までをまとめます。昔の中合を懐かしく思う人にも、初めて歴史を調べる人にも分かりやすく解説します。
中合は現在営業していない|福島店の基本情報と現在
最初に知っておきたいのは、中合福島店はすでに閉店しており、現在の福島駅東口に「中合」という百貨店は存在しないことです。最終営業日は2020年8月31日でした。その後、店舗が入っていた辰巳屋ビルなどは福島駅東口再開発のため解体され、駅前の景観も大きく変化しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 中合福島店 |
| 読み方 | なかごう |
| 旧所在地 | 福島県福島市栄町5番1号周辺 |
| 立地 | JR福島駅東口駅前 |
| 駅前店舗開店 | 1973年10月1日 |
| 福島店二番館閉館 | 2017年8月31日 |
| 福島店閉店 | 2020年8月31日 |
| 現在の営業 | 中合ブランドの百貨店は営業していない |
| 旧建物 | 再開発に伴い解体済み |
| 跡地 | 福島駅東口地区第一種市街地再開発事業の区域 |
| 2026年9月の状況 | 地下躯体の解体や一部埋め戻しなどの準備工事を実施 |
| 新施設の予定 | 2029年度の竣工・開業を目指して事業を進行 |
昔の住所や電話番号、営業時間を掲載しているウェブページが現在も検索結果に残っていることがありますが、それらは営業当時の情報です。中合を目的地として福島駅東口へ行っても買い物はできないため、特に古い店舗情報を見て訪問する場合は注意してください。
中合福島店は2020年8月31日に閉店した
福島駅前で営業していた中合福島店は、2020年8月31日を最後に営業を終了しました。1973年10月1日に福島駅前へ移転してから約47年間にわたり同地で営業しており、福島市中心部の百貨店として長く利用されてきました。閉店時点の福島店は、主に辰巳屋ビルの地下1階から地上7階部分を売り場として利用していました。
ただし、中合の歴史そのものが1973年に始まったわけではありません。福島に店舗を構えたのは1874年までさかのぼり、さらに商いの起源については1830年ごろまで遡ります。このため、「中合は約47年間営業した百貨店」と「100年以上続いた老舗」という説明を見かけることがありますが、これは数え始める時点が違うためです。
2020年の閉店によって福島市内の百貨店はなくなりました。2026年現在、日本百貨店協会の店舗一覧で福島県内の百貨店として確認できるのは郡山市のうすい百貨店です。そのため現在、福島市内で百貨店形式の買い物をしたい場合と、中合が営業していた時代とでは商業環境が大きく異なっています。
旧中合の場所はJR福島駅東口の目の前だった
中合福島店があったのは福島市栄町で、JR福島駅東口を出てすぐの駅前です。福島駅前通りに面した非常に分かりやすい場所で、鉄道やバスを利用する人にとって立ち寄りやすい立地でした。1973年に中合と山田百貨店が駅前へ移転したことは、福島市中心部の商業の重心を駅前へ移す大きな出来事でもありました。
かつて福島駅東口へ出ると、中合が駅前の景観を構成する大きな建物の一つとして目に入りました。買い物だけでなく、待ち合わせや贈答品の購入、催事への訪問など、目的地を説明するときの目印として利用していた人も少なくありません。
現在は建物自体が残っていないため、「昔の中合はどこにあったのか」と現地を見ても分かりにくくなっています。場所を確認する場合は、福島駅東口の再開発工事区域を目安にすると理解しやすいでしょう。現在進んでいる福島駅東口地区第一種市街地再開発事業は、旧中合が入っていた辰巳屋ビルや周辺地区を含んでいます。
一番館と二番館があった時代もある
中合福島店を昔利用していた人には、「一番館」「二番館」という呼び方の方がなじみ深いかもしれません。福島駅前へ移転した中合が入っていた辰巳屋ビルが一番館で、1998年には隣接する平和ビル側へ売り場を拡張し、二番館を加えた2館体制になりました。
一番館と二番館はそれぞれ異なる売り場を持ち、連絡通路を使って建物間を移動できました。衣料品、服飾雑貨、食品、家庭用品など百貨店らしい幅広い商品を一か所で探せる大型店舗となり、催事なども中合を利用する目的の一つになっていました。
しかし二番館は2017年8月31日で営業を終了し、その後は一番館へ売り場やテナントを集約しました。したがって、中合福島店の閉店について調べる際には次の2つの日付を区別する必要があります。
- 2017年8月31日:中合福島店二番館が閉館
- 2020年8月31日:残っていた中合福島店そのものが閉店
「中合が2017年に閉店した」という情報を見た場合は、福島店全体ではなく二番館の閉館を指している可能性があります。福島店はその後も一番館で約3年間営業を続けました。
現在、中合へ買い物や問い合わせをすることはできない
中合の店舗営業は終了しているため、現在は福島駅前の中合へ買い物に行ったり、当時の商品を店舗へ問い合わせたりすることはできません。検索サイトには過去の電話番号、営業時間、フロア情報などが残っている場合がありますが、閉店前のデータとして見る必要があります。
特に注意したいのが古い電話番号です。閉店から年月が経過しているため、ウェブ上で見つけた当時の番号へ安易に電話するのは避けた方がよいでしょう。現在の再開発について知りたい場合は福島市や福島駅東口地区市街地再開発組合の最新情報を確認するのが適切です。
一方、「中合の写真を見たい」「昔の店舗について調べたい」という場合は、福島市の郷土史料関係資料や福島県立図書館の資料が役立ちます。福島市では中村呉服店時代や昭和の中合、山田百貨店などの写真も紹介されており、現在の駅前からは分からなくなった商業都市としての福島の姿を確認できます。
中合の名前の由来と約150年に及ぶ福島での歴史
中合の歴史を理解するうえでは、1830年ごろの商いの始まり、1874年の福島での店舗開業、1935年の「中合」への改組を分けて考えると分かりやすくなります。もともとは近江商人による商いを起源とし、呉服店から百貨店へ発展していきました。
| 年代 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1830年ごろ | 中村治郎兵衛が東北地方で商いを始めたとされる |
| 1874年 | 福島市荒町に中村呉服店を構える |
| 1913年 | 荒町から大町へ移転 |
| 1935年 | 組織を改め「中合」となる |
| 1938年 | 百貨店としての営業を開始 |
| 1973年 | 福島駅前の辰巳屋ビルへ移転 |
| 1978年 | ダイエーと資本関係を持つ |
| 1998年 | 福島店二番館を加え売り場を拡張 |
| 2017年 | 福島店二番館を閉館 |
| 2020年 | 福島店が営業終了 |
中合のルーツは近江商人の商いにある
中合の起源として知られているのが、近江商人の中村治郎兵衛による東北での商いです。1830年、天保元年ごろから東北地方で商いを始め、米沢や会津若松、二本松などへ商圏を広げていったとされています。現在の滋賀県周辺を出身地とする近江商人が各地へ出向き商売を行っていた時代の流れの中に、中合の原点があります。
その後、1874年に福島の荒町へ中村呉服店を構えます。「中合の創業は1830年」とする資料と「1874年創業」とする説明があるのは、このためです。1830年は商いの始まりを示し、1874年は福島に店舗を開いた時点として捉えると混乱しません。
福島で店舗を構えた後、中村呉服店は地域の商業発展とともに規模を拡大していきます。福島は養蚕や生糸などとの関係から商業都市として発展した歴史を持ち、県庁所在地として人や商品が集まる環境も整っていきました。その中で呉服店から近代的な大型商業施設へ発展していったのが中合です。
「中合」という店名は中村合名会社に由来する
「中合」という二文字を見て、何と読むのか、どのような意味なのか疑問に思う人もいるでしょう。読み方は「なかごう」です。名称は、かつての会社名である「中村合名会社」と深い関係があります。
中村の「中」と、合名会社の「合」を組み合わせて、周囲から「中合」と呼ばれるようになったとされています。その呼び名が定着し、1935年に組織を改めた際、正式に「中合」という名称が使用されるようになりました。つまり、中合という名前は新しく考えたブランド名というより、それ以前から使われていた会社名と通称から生まれたものです。
現在では二文字だけを見ると意味を想像しにくい名称ですが、由来を知ると中村呉服店から近代企業へ変わっていった歴史がそのまま店名に残っていることが分かります。福島の商業史を調べる際に「中村呉服店」「中村合名会社」「中合」が別々の企業のように見える場合がありますが、歴史的につながった名称として確認すると理解しやすくなります。
1913年に大町へ移り1935年に中合となった
中村呉服店は1913年、荒町から福島市大町へ移転しました。現在の福島駅前ではなく、大町周辺が福島の中心商業地として重要だった時代です。その後1935年に組織を改めて中合となり、1938年から百貨店としての営業を開始しました。
この大町時代は、中合を単なる呉服店ではなく「福島のデパート」として認識する人が増えていく過程に当たります。衣料品だけを扱う専門店から、多種多様な商品やサービスを一つの建物内で提供する百貨店へ変わることで、家族で訪れる大型商業施設としての性格が強まっていきました。
なお、1973年に福島駅前へ中合が移転した後、中心商業地の構造も変化していきます。現在の福島市街地を見るだけでは駅前が中心だったように感じられますが、中合の歴史をたどると、荒町、大町、駅前という店舗位置の変化そのものが福島市中心部の商業変化を映していることが分かります。
1973年の福島駅前移転が大きな転換点になった
中合の歴史で特に大きな転換点となったのが1973年10月1日の福島駅前への移転です。同じ1973年には山田百貨店も駅前へ移転し、福島駅東口周辺は大型商業施設が集まるエリアとして発展しました。駅から降りた人がすぐ買い物できる立地となり、駅前の人の流れにも大きな影響を与えました。
中合が入居したのは辰巳屋ビルです。建物上層部には後に閉館するホテル辰巳屋もあり、百貨店と宿泊施設が一体となった駅前の大型建築物として長く知られていました。地下から上階までさまざまな売り場が設けられ、駅前で食料品から衣料品、贈答品などをまとめて購入できる存在でした。
1973年の移転から2020年の閉店までは約47年間です。この駅前時代の印象が強いため、現在「中合」と検索する人の多くが思い浮かべるのも福島駅東口にあった建物でしょう。一方、歴史全体を考える場合には、それ以前の荒町・大町時代も含めて見る必要があります。
福島駅前の中合はどんな百貨店だったのか

中合は単に商品を販売する場所ではなく、食品、衣料、贈答品、催事などをまとめて利用できる福島駅前の総合的な商業施設でした。特に百貨店ならではの包装や贈答需要、催事場、デパ地下などは、ショッピングセンターとは異なる利用目的を生み出していました。
衣料品から食品まで一つの建物で買える百貨店だった
中合福島店では、衣料品や服飾雑貨、家庭用品、食品など、百貨店として幅広い商品を扱っていました。現在では専門店が集まったショッピングモールが一般的ですが、中合が発展した時代には、百貨店そのものが「必要なものをまとめて探せる大型店」として大きな役割を果たしていました。
中でも地下食品売り場、いわゆるデパ地下は日常的な食品だけでなく、菓子や総菜、贈答品を探す場所として利用されていました。また、上階には衣料品や家庭用品などが配置され、目的の商品によって階を移動しながら買い物する百貨店らしい構成でした。
中合について昔のフロアガイドや店舗紹介を検索すると、営業時期によって入居ブランドや売り場構成が異なる情報が出てきます。そのため「中合には何が入っていたのか」を調べる場合は年代を確認することが大切です。1970年代、1998年の二番館増床後、2017年の二番館閉館後では、同じ中合福島店でも規模や売り場構成が異なります。
贈答品や歳暮・中元を買う場所としても使われた
百貨店が地域で果たしてきた役割を考えるとき、通常の買い物だけでなく贈答需要を見逃せません。中合も、お中元やお歳暮、祝い事などで商品を選ぶ場所として利用されてきました。地域で長く営業する百貨店の包装紙や紙袋そのものに安心感を感じていた世代もいます。
インターネット通販が広がる以前は、複数の候補を見比べ、店員へ相談しながら贈答品を購入し、包装や配送まで依頼できる百貨店の利便性は高いものでした。食品売り場とギフト売り場、衣料品などが同じ建物にあるため、自宅用の買い物と贈答品選びを一度に済ませることもできました。
中合閉店後に「どこでお歳暮を買えばよいか」「百貨店の商品を福島市内で注文したい」と感じた人がいたのも、こうした百貨店特有の役割があったためです。2026年現在、うすい百貨店は福島市曽根田町のMAXふくしま内に福島営業所を設置していますが、郡山市の百貨店本店とは営業形態が異なるため、利用目的に応じて確認が必要です。
催事場は中合へ出かける大きな目的の一つだった
中合を思い出す際、催事を挙げる人も多いでしょう。百貨店では通常の売り場だけでなく、物産展や期間限定販売などが行われ、普段福島では購入しにくい商品を見る機会になっていました。一番館の上階には大催事場があり、催事内容によって売り場の雰囲気が大きく変化しました。
こうした催事は百貨店の特徴の一つです。スーパーマーケットのように日常品だけを目的とするのではなく、「今週は何を開催しているのか」を見て出かける理由が生まれます。北海道など各地の物産を扱う催事や販売企画は、商品購入とイベント的な楽しみを組み合わせたものでした。
現在の福島駅東口再開発でも、公共エリアに最大約1500人を収容できるフレキシブル・ホールが計画され、物産フェアや物販イベントなどさまざまな利用方法が検討されています。新施設が中合をそのまま復活させるわけではありませんが、駅前に人が集まり、買い物やイベントを楽しむ機能を再びつくろうとしている点は注目できます。
中合は福島だけでなく東北・北海道の百貨店にも関係した
「中合」というと福島店のイメージが強いものの、企業としての中合は一時期、福島県外を含む複数の百貨店を運営していました。2005年のダイエー系列百貨店再編などを経て、福島店だけでなく会津店、清水屋、三春屋、棒二森屋、十字屋山形店などに関係する体制となりました。
| 店舗・屋号 | 地域 | 中合との主な関係 |
|---|---|---|
| 中合福島店 | 福島市 | 中合の中心店舗。2020年8月31日閉店 |
| 中合会津店 | 会津若松市 | 中合として営業し2010年2月閉店 |
| 清水屋 | 山形県酒田市 | 中合グループの店舗として営業した時期がある |
| 十字屋山形店 | 山形市 | 中合が営業を引き継ぎ2018年1月閉店 |
| 棒二森屋 | 北海道函館市 | 中合の運営店舗となり2019年1月閉店 |
| 三春屋 | 青森県八戸市 | 中合の運営店舗となった後、2019年に事業譲渡 |
これらの店舗は必ずしも看板を「中合」に変更したわけではありません。棒二森屋や三春屋、十字屋など、それぞれ地域で知られていた屋号を残しながら中合が運営するケースがありました。そのため、店名だけを見ていると中合との関係に気付きにくい点が特徴です。
中合福島店はなぜ閉店した?二番館縮小から営業終了まで
中合福島店の閉店を「売れなくなったから」と一つの理由だけで説明するのは正確ではありません。郊外型商業施設の発展など百貨店を取り巻く環境が変化する中、店舗網の縮小が続き、福島店では二番館を閉館しました。最終的には福島駅東口再開発に伴う建物の賃貸借契約終了が直接の契機となり、2020年に営業を終えました。
郊外型店舗や消費行動の変化で駅前商業を取り巻く環境が変わった
中合が営業を続けた数十年間で、福島市の買い物環境は大きく変化しました。自動車利用を前提とした郊外型店舗やショッピングセンターが増え、買い物先が中心市街地だけではなくなったことは、駅前大型店にとって大きな環境変化でした。
福島市では中合以外にも複数の大型店が中心部から姿を消しています。かつて駅前にあった山田百貨店はその後ダックシティ、福島ビブレ、さくら野百貨店へと変化し、2005年に閉店しました。長崎屋福島店も1999年に撤退するなど、大型店の再編が続きました。
さらにインターネット通販の普及や消費者の購買行動の多様化など、全国の百貨店に共通する構造的変化も進みました。ただし、中合福島店についてはこうした一般的な経営環境と、駅前再開発という個別事情を分けて考える必要があります。「利用客が減ったことだけが閉店理由」と単純化するより、長期的な商業環境の変化と再開発が重なった結果として理解する方が適切です。
2017年に二番館を閉じ一番館へ集約した
福島店全体の閉店より約3年前の2017年8月31日、中合福島店二番館が閉館しました。二番館は平和ビルを利用していた売り場で、一番館と合わせて大型百貨店を形成していましたが、閉館後は多くの売り場やテナントを一番館へ集約しました。
つまり2020年8月まで営業していた中合は、以前の2館体制より規模を縮小した状態でした。この経緯を知らないと、古い写真に二つの建物が写っている場合と、閉店直前の写真とで店舗の形が違うことに戸惑うかもしれません。
福島市の大型店の変遷を見ると、1998年に中合福島店が二番館を増床し、2017年にその二番館を閉店した流れが確認できます。約20年間で拡張から縮小へ転じたことになり、この期間に福島市中心部の商業環境が大きく変わったことも読み取れます。
2020年の営業終了は福島駅東口再開発が直接の契機
中合福島店が2020年8月31日で営業を終了した直接の契機は、福島駅東口で進められる再開発です。店舗が入居していた建物を含む地区が再開発対象となり、建物の賃貸借契約が終了することなどから営業終了が決まりました。
そのため、「中合は突然倒産して店を閉めた」と理解するのは適切ではありません。営業環境が厳しくなり店舗網を縮小していたことは背景としてありますが、福島店について公表された営業終了の大きな理由は再開発に伴うものです。
閉店までの流れを簡潔に整理すると次のようになります。
- 1998年に二番館を加え福島店を拡張
- 2017年8月に二番館を閉館し一番館へ集約
- 2018年1月に十字屋山形店が閉店
- 2019年1月に棒二森屋が閉店
- 2019年に三春屋の事業を譲渡
- 2020年7月に会津のサテライトショップが営業終了
- 2020年8月31日に福島店が営業終了
このように見ると、中合福島店だけが単独で閉店したのではなく、それ以前からグループ全体で店舗の整理が進んでいたことが分かります。
中合発行の全国百貨店共通商品券は現在使えない
昔の中合の商品券を持っている場合は特に注意が必要です。株式会社中合が発行した全国百貨店共通商品券は、2020年11月30日で利用が終了し、2020年12月1日以降は全国の百貨店でも利用できなくなりました。
未使用券については2020年12月1日から2021年2月28日まで払い戻し手続きが実施されましたが、この期間もすでに終了しています。2026年現在、日本百貨店協会の案内でも株式会社中合は「発行していた共通商品券を利用できない百貨店」の一つとして掲載されています。
ここで間違えやすいのは、「全国百貨店共通商品券なら別の百貨店で使えるはず」と考えてしまうことです。通常の全国百貨店共通商品券は加盟百貨店で利用できますが、発行元によって利用停止となっている券があります。券面に「株式会社中合」などの発行元表示がある場合は、現在使用できないものとして扱う必要があります。
中合跡地はどうなる?福島駅東口再開発の2026年現在

旧中合福島店跡地では、福島駅東口地区第一種市街地再開発事業が進められています。当初公表されていた完成時期から計画は見直されており、2026年時点では2029年度の竣工・開業を目指すスケジュールです。新しい中合百貨店を建てる計画ではなく、商業・公共施設・住宅などを組み合わせる複合開発です。
中合が入っていた辰巳屋ビルはすでに解体された
閉店後もしばらくは旧中合の建物が福島駅前に残っていましたが、再開発に向けて周辺建物とともに解体が進められました。福島市が公表している工事状況では、2024年3月末時点で対象建物の解体工事進捗率が100%となっています。
これにより、長年福島駅東口の景観を構成していた辰巳屋ビルや平和ビルの地上部は姿を消しました。以前の街並みを知る人が久しぶりに福島駅を訪れると、駅東口の景色が大きく変わったと感じるでしょう。
ただし「建物の解体が終わった=新しいビルがすぐ完成する」という意味ではありません。旧建物には地下構造物もあり、新しい施設を建設する前に地下部分の処理や準備工事などが必要です。そのため地上部分が更地に見える期間が長く続いています。
2026年9月は地下躯体解体と一部埋め戻しを進めている
2026年9月時点で、福島駅東口の再開発区域では地下躯体の解体と一部埋め戻しなどの準備工事が進められています。福島市の2026年9月9日更新情報では、同年6月1日から福島駅東口地区市街地再開発組合がこれらの工事を進めていることが示されています。
したがって、現在の旧中合跡地を見て「再開発が中止されたのではないか」と感じる場合がありますが、2026年9月現在、事業自体は継続しています。もともとの計画からスケジュールや施設内容の見直しが行われたため、当初予定より時間がかかっています。
再開発は建設費の上昇など社会情勢の変化を受けて計画が見直されました。過去の記事には「2026年度完成」など以前の予定が残っているため、検索時には掲載年月を確認することが重要です。現在の予定を知りたい場合は、古い完成予想ではなく福島市や再開発組合の最新発表を見る必要があります。
新施設には商業・公共施設・住宅などが計画されている
再開発後に予定されているのは、中合のような単独の大型百貨店ではありません。現在の計画では、商業、オフィス、住宅、公共施設、駐車場などを組み合わせた複合施設を整備する方向となっています。
主な計画を整理すると次のようになります。
- 飲食や物販などの商業機能
- オフィスなど働く場所
- 住宅
- ホールや会議室などの公共施設
- 大屋根広場や交流空間
- 駐車場・駐輪場
民間エリアでは福島の食を発信する体験型フードホールの企画が進められています。また、シェアオフィスやラウンジ機能を持つ「SHARE LOUNGE」の出店に向けた検討も公表されています。いずれも計画段階の内容を含むため、開業までに変更される可能性があります。
公共エリアでは最大約1500人を収容できるフレキシブル・ホールや、気軽に滞在できる「まちなかリビング」、屋上広場などが計画されています。買い物だけを目的とした施設ではなく、飲食、仕事、イベント、交流、居住などを組み合わせ、日常的に人が集まる駅前を目指していることが大きな違いです。
開業予定は2029年度|古い「2026年完成予定」に注意
中合跡地について調べると「2026年完成予定」という情報が現在も見つかります。しかし、これは見直し前の計画です。建設費の高騰や社会情勢の変化などを受けて再開発計画が見直され、現在は2029年度の竣工・開業を目指す方向となっています。
2029年度とは、原則として2029年4月から2030年3月までの期間です。そのため「2030年ごろ完成」と表現される場合もあります。具体的な開業日が決まったという意味ではないので、旅行やイベントの予定を立てる際には年月だけを見て判断しない方がよいでしょう。
再開発事業は規模が大きく、今後も工程やテナント、施設内容などが変更される可能性があります。中合跡地の最新状況を確認するときは、次の点を分けて見ると分かりやすくなります。
- 旧中合の店舗営業は2020年で終了している
- 旧建物の地上部などの解体は完了している
- 2026年は地下部分を含む準備工事が進行中
- 再開発施設は中合の再出店ではない
- 現時点では2029年度の竣工・開業を目指している
「中合が復活する」という計画ではないことも重要です。新施設に商業機能は予定されていますが、かつての中合百貨店をそのまま再建するものではありません。
現在の福島県の百貨店は郡山市のうすい百貨店
中合閉店後、「福島県にはもう百貨店がないのか」と疑問に思う人もいるでしょう。2026年現在、日本百貨店協会の店舗情報では、福島県内の百貨店として郡山市中町のうすい百貨店が掲載されています。一方、福島市には中合のような百貨店は営業していません。
中合と現在のうすい百貨店を混同しないようにしましょう。両者は福島県を代表する百貨店として長い歴史を持ちますが、別の企業です。中合は福島市を中心に発展し、うすい百貨店は郡山市で営業を続けています。
| 項目 | 中合福島店 | うすい百貨店 |
|---|---|---|
| 所在地 | 福島市 | 郡山市 |
| 現在の営業 | 終了 | 営業中 |
| 福島店閉店 | 2020年8月31日 | 該当なし |
| 百貨店本店での買い物 | できない | できる |
| 福島市内 | 店舗なし | 福島営業所あり |
中合閉店後の福島駅前には新たな商業・交流拠点が求められており、現在進められている東口再開発がどのような施設になるかが注目されています。ただし、新施設は従来型百貨店ではなく、商業と公共空間、オフィス、住宅などを組み合わせた形になる予定です。
まとめ
中合は福島市を代表してきた老舗百貨店ですが、福島駅東口の福島店は2020年8月31日に閉店し、現在は営業していません。ルーツは1830年ごろの近江商人による商いにあり、1874年に福島へ店舗を構え、1935年に中合となりました。1973年から福島駅前で営業し、1998年には二番館を加えましたが、2017年に二番館を閉館しています。旧建物は再開発のため解体され、2026年9月現在は地下躯体の解体や埋め戻しなどが進行中です。跡地には商業・公共施設・住宅などからなる複合施設が計画され、現在は2029年度の竣工・開業を目指しています。

